このレパートリーの開拓者であり、疲れを知らね擁護者であるオリヴィエ・シュネーベリへ ― 彼は持ち前の霊感と情熱、そして生まれつきの劇的感覚をもって、この世界に生命を吹き込んだ。
「Comme un bouquet de myrrhe ― ミルラの束」
ファビアン・アルマンゴーによる
トゥール写本とデロリエ写本には三百曲を超える声楽曲が収められており、17 世紀初頭のフランス音楽を知るうえで重要な証言となっている。
収められた作品の大半は教会のためのもので、王国(フランス)の南部で作られた可能性が高い。
正直に言えば、この二つの写本はまったく未知というわけではない。中にはギヨーム・ブジニャックの名高い作品群があり、またボエセ、デュ・モン、ムリニエのいくつかの作品も含まれていて、これらはすでに録音でも取り上げられてきた。
しかし、この二つの写本には同時に、謎の部分もある……。
というのも、いくつかの曲は先に挙げた作曲家たちに確実に帰属できるとしても、収められた作品の大部分は作者不詳のままだからだ。
この二つの曲集は、いわば音楽の地図のように、ある音楽家が人生のあいだ、旅や遍歴の折々に出会った曲の中から「これは」と思った作品を集めたものなのだろうか?
それとも私たちの目の前にあるのは、当時の傑作の集成なのだろうか――当時「ピュイ・ドゥ・ミュジーク(ルネサンス期から 17 世紀にかけて行われた音楽と詩のコンクール)」と呼ばれた競技会で受賞した作品、ということなのか?
謎はまだ解けていない……。
だが一つ確かなことがあるとすれば、それはこの二つの曲集が備える、質の高さ、現代性、そして書法(作曲技法)の多様さである。
出会い/選曲の難しさ
私がこのレパートリーに最初に出会ったのは、1995 年 6 月のことだった。
私は 19 歳で、壮麗なオーシュ大聖堂で、ヴェルサイユ・バロック音楽センター(CMBV)のパージュ(少年聖歌隊)とシャントル(青年聖歌隊)による公演を聴いていた。指揮は、燕尾服に身をつつみ、一見すると厳格にも見える人物――オリヴィエ・シュネーベリだった。
あれから 30 年以上が過ぎたが、それでもなお、当時はブジニャック作とされていた《アヴェ・マリア(めでたしマリア)》を説教壇でパージュが歌ったこと、圧倒的な《ドゥム・シレンティウム(沈黙のうちに)》、そしてもちろん避けて通れない《O mors(おお、死よ)》が私に与えた強烈な衝撃は、記憶の中にそのまま残っている。
その後この音楽は、私がパージュとシャントルの通奏低音奏者(コンティニュイスト)として過ごした 20 年間、ずっと私に寄り添った。というのも、メトリーズ(聖歌隊学校)がこの魅力的なレパートリーに取り組まない年は、一度もなかったからだ。
それから毎年のように新しい作品が見つかり、驚きは更新され続けた。
やがてニコラ・ビュシェが、このレパートリーを中心に録音のプログラムを考えてみないかと提案してくれたので、私はもちろんその機会に飛びついた。
ただし、私はすぐに難題に直面した――二つの写本に収められた三百数十曲の中から、たった 44 曲を選ばねばならないのだ。
ここで CMBV 版のすばらしい仕事、とりわけジャン・デュロンによる学術的校訂と、この二つの曲集の無償オンライン公開に敬意を表したい。
選ぶための方法は一つしかない――このコーパス全体を読み、読み返し、その「精髄」を引き出すこと、少なくとも、この膨大な音楽を代表し得るプログラムを、首尾一貫して多彩な「語り」として組み立てることだ。
控えめながら、その試みに成功していることを願っている。
本録音はしたがって、この二つの写本を旅するものであり、五つの大きな主題に沿って構成されている。
序章として――フランス風に、だろうか?――トゥーレーヌ地方の人々(トゥールの人々)のための驚くべき《カンターテ・ドミノ(主に向かって歌え)》を置いた。フランスの諸地方において音楽が豊かに花開いていたことを物語る証しである。
五つの主題
アルバム名は、イエスの愛を「没薬の花束」にたとえるモテットの一つから取られている。第一の主題は「歓喜の園」で、そこでは音楽がまるで香りを描く絵画のようになり、待ちに待った春の再来のように感じられる――レバノンの杉から、カデシュのヤシを経て、エリコのバラへと。
だが同時に、それは「追放の歌」でもあり、二度と失われない楽園への憧れ、夢見たアルカディアの幻影でもあるのではないか。
第二の主題は「雅歌(Cantique des Cantiques)」をめぐるもので、バロック時代に尽きることのない霊感の源となったこの書に基づき、対話形式のモテットの中で"恋人である女"と"恋人である男"が語り合う。そこでは愛する人を求めて終わりなく探し続ける心が、恋の迷宮の中で、いっそう強められた半音階的な書法と、めったにないほどの激しさ(暴力性)を通して描かれ、同時に比類のない官能性が浮かび上がる。
死の喚起――それがキリストの死であれ、初期の殉教者たちの死であれ――これはこのプログラムの第三の主題であり、ここでは合唱が場面ごとに姿を変える。
驚くほど劇的な短い聖なる物語を通して、合唱は時に血に飢えた群衆となり、私の目には、バッハ《マタイ受難曲》の「バラバム(Barrabam)」の場面を先取りしているかのように思われる。
また別の場面では、嘆き悲しむ弟子たちとなり、この時代でもっとも美しい嘆きの歌を聴かせてくれる――たとえば、ブジニャックがわずか 17 歳で作曲したという名高い《O mors(おお、死よ)》のように。
聖母の姿はこのディスクの第四の主題であり、宗教音楽の中核となる存在である。
ここでは、男声三声による唯一の宗教曲、そしてボエセによる壮麗な《Salve Regina(ごきげんよう、おお奇蹟にして思慮深き母后なる方)》を聴くことができる。
《Alma Redemptoris Mater(救い主のうるわしき母)》と《Tu cum Virgineo(あなたは乙女の誉れをもって母となり)》という二つの大規模な対位法的フレスコ画は、並外れた対位法によって私たちを圧倒し、聴き終えても無傷ではいられない。
そして最後の主題が「贖い」である。
高音声部 4 声(上声部 4 パート)という特異な 2 曲によっていっそう強められ、ここで音楽は天上的となる――まるで、言葉にできないもの(不可言の神秘)を伝えられるのは天使の声だけだ、と言わんばかりに……。
編成・結び
間奏として、いくつかの器楽曲がこのプログラムを飾るように挿入されている。二つの曲集に含まれるモテットに加え、これらの写本の外へ出る唯一の寄り道としてジャン・ミエのモテットも取り上げ、ここでは二本のセルパンで演奏している。
このプログラムの締めくくりとして、モテット《Omnes gentes(すべての民よ、手を打ち鳴らせ)》はルイ 13 世とフランスに敬意を表する。
このレパートリーは大部分が未出版のままだが、それ以上に、この録音では声楽・器楽の編成という問題もあらためて問い直している。フランスのメトリーズの編成は(とりわけ Musefrem プロジェクトによって)いまやよく知られるようになり、現在得られている知見により、私たちは十人ほどの子ども――パージュ――を中心に、シャントルの男声合唱がそれを支える編成を優先することになった。
コルネ・ア・ブーキャン、ヴィオール、二本のセルパン、そしてオルガンが合唱を補佐する。これは当時のフランスの大聖堂で慣例だったやり方である。
17 世紀初頭フランスの真のロゼッタ・ストーンとも言えるこれらの曲集は、この魅力的な音楽の時代を照らし出し、まだ発見されていない新しい光のもとへと私たちを導く。
しかし、この音楽の旅を通して問題となっているのは、まさに私たち自身との対面なのだ。
人生のさまざまな季節――春の象徴としての誕生から、愛の最初のときめき、母なる存在を経て、死という試練、そしてその先にあり得る変容へ――この音楽が語りかけるのは、あらゆる人間一人ひとりにほかならない。
だからこそ、この音楽は今日でも、私たちの内に響き続けている。
(2026/5/16 翻訳に際し、曲目等については下記ページを一部参考にさせていただきました。ここに御礼申し上げます。
https://item.rakuten.co.jp/naxos/cvs197/
歌詞の翻訳も掲載したいと考えておりますが、時間を要する作業のため、改めて取り組む予定です。準備が整い次第、お知らせいたします。 中家春奈)